女性の性機能障害とDSM分類
アメリカ精神医学会が出版している、精神疾患の診断基準・診断分類に「精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)」略してDSM分類とよばれる診断法があります。本邦においても精神疾患の診断にDSM分類は汎用されており、一般的な基準になっています。その中に、女性の性機能障害が記載されており、DSM-5では①性的関心と興奮の障害、②オルガズム障害、③骨盤・性器の疼痛と挿入の障害が記載されています。
Female sexual dysfunction: FSDについて
男性の性機能障害にerectile dysfunction:EDという略語があります。ED(勃起不全)はバイアグラ®︎などの勃起補助薬とあわせて、疾患概念として社会的にもクローズアップされ市民権を得ました。一方で女性の性機能障害については情報も少なく、存在そのものもあまり知られていませんでした。FSDはfemale sexual dysfunctionの略語で、直訳すると「女性性機能不全」となり、性交渉において、女性に苦痛がある、または、満足の得られない状態がその定義となります。FSDは男性の性機能障害がバイアグラ®︎などの治療薬で改善していく過程で、男性のように性に対する問題の解決は女性にも必要であることが社会的に認知され、疾患概念として確立されていきました。
挿入障害と性交痛の病理
挿入障害と性交痛、どちらも体の問題(器質的疾患)があるケース、心理的な問題(心理的要因)のみのケース、両方合併しているケースがあると思います。
挿入障害は文字通り、男性器を膣内に挿入するために、様々な困難を伴なう状態のことを言います。男性器に限らず、婦人科での内診や経腟エコーが入らないために、婦人科検診や不妊治療も進まなくなります。原因としては、処女膜に原因がある場合があります。膜が生まれつき分厚く、開口部が伸びにくい構造である場合を、処女膜強靭症。開口部が極端に「狭い」もしくは「閉じている」状態を、処女膜閉鎖症といい、どちらも外科手術で改善が期待できます。しかし処女膜の問題は挿入障害の10%未満であり、多くは心理的要因と考えられます。他にはワギニスムス(腟けいれん)といって骨盤底筋が不随意運動を起こし、痛みを生じる病態がありますが、これも頻度としては決して多くありません。
性器・骨盤痛、特に挿入時に痛みが生じる性交痛は体の問題として閉経後、女性ホルモン低下による膣萎縮、子宮内膜症や子宮腺筋症が考えらます。それぞれの疾患の詳細は医療系サイトにお任せしますが、まずそのような疾患がないか婦人科診察によって除外することが肝心です。器質的疾患を認めず心理的要因が原因での性交痛に関しては、興奮低下による膣潤滑の低下で挿入に伴う性交痛が生じるのは当然の流れです。また、たとえ潤滑ゼリーを使用して摩擦による問題が解決しても、心理的要因のみで痛みが生じることもあります。
上記に付随する興奮障害、オルガズム障害
ちなみに挿入障害や性交痛が心理的原因でおこっているかたは、DSM−5の分類でのいわゆる「性的関心と興奮の障害」もしくは「オルガズムの障害」を高頻度に併発しています。精神的コンディションが悪化すると、性的関心やオルガズムが低下してしまい、そのような状態で無理やりセックスすると挿入障害や性交痛が生じる流れが多い印象です。女性の意見が強い場合は、性嫌悪からセックスレスになってしまい、カップルのコミニケーションが不安定になります。
この原因はまず多いのでは性行為におけるパートナーの配慮のなさがあります。究極的には女性の方で嫌な経験として性行為が認識、蓄積されて、最終的には性的なことに対して拒否反応を示してしまう方がいます。これは特定のパートナーで起こる場合もありますが、男性全体に対して性的興奮を抑圧してしまうこともあります。
オルガズムに関して、必ずしも挿入障害の女性がマスターベーションでも興奮できなかったりオーガズムに達しないということはありません。一般的に膣内よりクリトリスでのオルガズムの方が獲得しやすいといわれています。挿入障害の方ように膣内の性的感覚がほとんど開発されていない場合でも、クリトリス刺激によるオルガズムを得ることが可能な場合もあります。
どうやって心理的要因を取り除くか?
挿入障害の女性にはまだ一度も挿入したことがない方と、途中から何かのきっかけによって挿入できなくなってしまった方がいます。どちらにしても、心理的要因にアプローチしていかないと、解決は難しいでしょう。具体的に、過去の性体験でのnegativeな感情が積み重なってしまい、相手に触れられるのも、興奮されるのも、挿入されるのも、すべての行為が気持ち悪いと感じてしまう女性も少なくありません。
その心理的要因を紐解く手法の一つとして、我々が行なっている交流分析があります。エゴグラムという性格分析ではそのような方は「子供のような心」(FC: free child)が低かったりします。つまり自分の欲求を表出することが苦手なのです。このように、行動療法に入る前に性格分析で心のあり方を捉える取り組みをします。
また挿入障害や性交痛の方達は軽度の潔癖症や、独自のこだわりをお持ちになっているケースもあります。そのような場合は系統的脱感作療法(筋弛緩法)を用いて、行動療法が円滑に進むように、心の準備をしていきます。
挿入障害の方が、子供を欲しい時はどうするか?
性行為がなくて友達のような関係でパートナーシップを築いているカップルがいますが、いざ子供が欲しいという時に女性の性機能障害が問題として浮き彫りになってくることがあります。実に不妊カップルの1−2割は性機能障害によるものであり、夫婦の課題として妊活時にこのようなことが問題となる事は珍しくありません。
早めに子供が欲しいけども性行為ができない場合は、自然妊娠は諦めて人工授精や体外受精をお勧めすることもあります。ただし、やはり自然妊娠を目指したい、愛し合うことができない人とは子供を作りたくないという女性も多く、そのような思いがある限りはセックスセラピーが必要になってきます。
挿入障害と性交痛に対する行動療法
原因は何か?
- 処女膜強靭症、処女膜閉鎖症
- 子宮内膜症、子宮腺筋症
- パートナーとのコミニュケーション不全
- 興奮低下、オルガズム低下
- 女性の性嫌悪
- 過去のトラウマ体験
挿入障害に対するセックスセラピーは?
カップルカウンセリングによる双方の性格理解は治療を進めていく上で、必須条件となります。お互いのパートナーシップが確立されて、カップルが前向きな姿勢を示せないことには、行動療法が導入できません。性交障害を発症している女性は、すでにパートナーとの信頼関係が崩壊している事例もあり、まずは男性パートナーの言い分も聞いて、フェアな形で話し合いを進めていくことからカウンセリングは始まります。挿入を拒んでしまう女性は、性行為への心理的負担感がかなり高まっていますので、心理的側面が強い場合は、行動療法に入る前に、心理カウンセリングを積み重ねる場合もあります。カップルでの行動療法が基本的にタッチングから入る、オーソドックスなセックスレス用の行動療法になりますが、最初から挿入、射精は目指さないようにして、時間をかけてふれあいを増やしていきます。
性器・骨盤痛に対するセックスセラピーは?
挿入障害とは異なり、すでに性器の挿入ができているということで、性交痛の場合は少し行動療法がやりやすい印象です。やはりカップル間での調整をして心理的負担の除去した後に行動療法を開始します。具体的には、まず動かさない挿入から始めてもらい膣内の感覚に集中させるセンセート・フォーカス法により、安心感と興奮を自覚することを大切にしてもらいます。
おわりに
挿入障害に対するセックスセラピーを行うにあたり、医学的治療、行動療法、心理療法を組み合わせて包括的アプローチすることが重要だと考えています。Esolveにいらっしゃる方は、医学的治療として、骨盤底筋トレーニングや会陰マッサージ、膣ダイレーター訓練など、一通りの治療を受けて来られた方が多い印象です。
上記の治療や行動療法はそのまま継続して頂き、それと同時にパートナーシップの調整、心理カウンセリングの技法を駆使してコミニュケーションとこころの問題を扱うことにより婦人科クリニックと連携して包括的に女性性機能の改善をはかりたいと考えています。
もしお悩みになっている方はまずメールフォームで問い合わせをしてみてください。また産婦人科からの紹介もお待ちしています。ぜひ我々のセックスセラピーで解決の糸口を掴んで頂き、パートナーとの関係性に関して良い変化が生まれると幸いです。