ブックレビュー

精子戦争

精子戦争という本は、イギリスの生物学者ロビン・ベイカーが書いた、人間の性行動に関する科学的な解説書です。本書は、ドラマ仕立てのストーリーと、それに基づく分析という形式で構成されており、読みやすく興味深い内容になっています。

本書の主なテーマは、精子対精子の戦いという現象です。これは、女性が複数の男性と性交した場合に、異なる男性の精子が卵子をめぐって争うというものです。ベイカーは、この現象が人間の性行動にどのような影響を与えているかを、生物学的、進化論的、心理学的な観点から説明していきます。例えば、精子戦争の理論からは、以下のようなことが導かれます。

  • 人間の精子には3種類あり、それぞれエッグゲッター(卵子を目指す)、ブロッカー(他の精子を阻止する)、キラー(他の精子を殺す)という役割がある。
  • 一度の射精における3種類の精子の比率は、パートナーとの関係や状況によって変化する。例えば、久しぶりにパートナーとセックスした場合や、パートナーが不倫を疑われる場合は、キラーが多くなる。
  • 人間の性行動は、単に遺伝子を伝えるためだけではなく、精子戦争に勝つためにも行われる。例えば、不倫やマスターベーションは、自分の精子を有利にするための戦略として機能する。
  • 人間の性欲や感情は、無意識的に精子戦争に影響されている。例えば、女性は受精可能期間になると、夫以外の男性に惹かれやすくなる。また、男性は妊娠中や出産後の女性に対して嫉妬や不安を感じやすくなる。

本書は、人間の性行動を新しい視点から考察した画期的な作品です。しかし、本書には批判も多くあります。例えば、

  • 本書は白人・黒人向けであり、日本人や他の民族にも当てはまるという根拠が不十分である。
  • 本書は科学的根拠が不十分であり、断定的な文体で書かれている。
  • 本書は人間性や倫理を無視しており、レイプや不倫を正当化している。

以上のような点から、本書を読む際には注意が必要です。本書はあくまでも一つの仮説であり、絶対的な真理ではありません。しかし、本書は人間の性について考えるきっかけを与えてくれるという意味では、価値のある本だと思います。

一方で、我々のカウンセリングルームに訪れるクライエントを考えると、この本で述べられている、いわゆる「精子戦争」に出てくる登場人物とは、かけ離れた人々であるといえます。なぜなら、多くの方はパートナーとのセックスがうまくいかないということで相談に来られる人々です。本書では、性的活動が高い人々が多く紹介されていますが、本書が執筆されたのは1997年ですので、全世界的にセックスレスの方向に進んでいる現代社会を考えると、当時と現在の時代背景の違いがあるような感じがします。

実際、セックスレスカップルの相談にのってみると、挙児希望あるのに、性行為をしたくても、うまくいかない、、、これが現代人の悩みです。相手が応じてくれないため、トラブルになっていることも多々あります。そういう観点では、本来人間というものは生物学的な観点のみで考えると、より優良な遺伝子を残すために、一見すると不合理な行動も含めて生殖を繰り広げている、きわめて単純な生き物なのかもしれません。

本書を読んで、上記の原始的なメカニズムが機能しない理由を、丹念にお話を聞きながら、解き明かし解決していくのが我々の仕事かと思いました。